2020.03.08 アフリカ南部4ヶ国旅 Day3
<アフリカ旅行記再開のお知らせと前回のあらすじ>
カタールW杯や坊の出産で中断していた、2020年のアフリカ旅行記を再開します。ただでさえ3年半も前の旅行で記憶がカッスカスな上に、コロナ禍直前の旅行記なので情報としては古いです。気になるスポットの最新情報はご自身でお調べ下さい!
前回はヨハネスブルグ市内観光前編という中途半端なところで中断していたので、後編から再開します。よろしく。
▼前回のヨハネスブルグ市内観光(前編)はこちら▼
「City Tour」ルートを行く
Constitution HillでCity Tourバスに乗り継ぎ、ヨハネスブルグの街中へ。
オープントップのバス、風が気持ちいいです。
南アフリカは南半球なので、3月はギリ夏。
バスはヨハネスブルグ市内を南へ。
こちらはヨハネスブルグの中央駅であるパーク駅。駅ですが、治安が悪いと有名な場所です。
ちょうど私たちがヨハネスブルグに行く少し前に、このパーク駅を利用した人が危ない目に遭いそうになったのをSNSで見たような…
2018-2019の地球の歩き方には『ヨハネスブルグ駅周辺では、外国人旅行者がバックパックをかついで歩いていれば、十中八九強盗に遭うと覚悟したほうがいい』と書いてありました。狩り場かよ。
たしかにこの辺りは、お世辞にも治安が良いとは言えなさそうな雰囲気がムンムン。ていうか、ヤバめ。
バスの上から見ている分にはいいけれど、地上に降りて歩くのは昼間でも遠慮したいなぁって感じ。
City Tourの停留所
City Tour最初の停留所は『Mining District』。
ヨハネスブルグには金採掘の遺構が残っていて、金採掘の歴史ツアーなんかもあります。
ヨハネスブルグは19世紀半ばまでは小さな集落のひとつにすぎませんでしたが、金鉱脈の発見、鉱山の開発により発展。現在も鉱山会社のほとんどがヨハネスブルグに本社を置いているんだって。
治安が悪いイメージばかりのヨハネスブルグですが、アフリカで経済発展している都市のひとつでもあります。以前は金鉱山目当てに人々が集まってきたゴールドラッシュの町でしたが、今ではビジネスでの成功を夢見て移住してくる人も多いと、観光バスのガイド音声が言ってました。
ちなみにこの停留所では誰も降りませんでした。この日は日曜日で、この辺り(金融街)は休みで閑散としていたし。
バスは進み、広場に到着。
こちらの広場は、この銅像の人物の名前が付いています。さて、この方が誰だか分かりますか?
正解は、マハトマ・カンディー。
え!ガンジー(ガンディー)ってインドの?
そうです、あのガンジーです。
ガンジーはイギリスの大学を卒業後、イギリス領だった南アフリカで弁護士として開業し、約20年南アフリカで過ごしました。当時の南アフリカは白人優位の人種差別政策真っ只中で、ガンジー自身も列車の車掌にクーリー(アジア系の移民や出稼ぎ労働者)扱いされるという人種差別を体験したそうです。
それにより『インド人』意識に劇的に目覚め、色々な学びを深めて、後の非暴力運動思想を形成したんだとか。南アフリカにいる間も、イギリス人でありながらインド系移民の差別に対する権利回復運動などを行い、政治犯として逮捕・投獄されたりもしました。
そんなガンジーの弁護士事務所が、この広場に面した場所にあったそうですよ。
なぜヨハネスブルグにガンジーの銅像があって、ガンジー広場という名前まで付いているのか、さっぱり見当も付きませんでしたが。調べてみると深い関係がありましたよっと。
続いての停留所は『Carlston Centre』。
アフリカで一番高い建物です。50階建て、高さ223mのカールトンセンターには、市内を一望できる展望台があります。
その展望台に行くにはこのバス停で降りるのですが、なんせこの辺りは治安がリアルにアレなんでね。観光バスのスタッフがバス停から展望台へ誘導していました。
時間があれば行ってみたかったけれど、私たちがヨハネスブルグ市内観光できるのは午前中のみで、お昼には次の町へ向けてヨハネスブルグを発たねばならなかったので、泣く泣くスルー。
バスはどんどん進み。
さらに進み。
続いての停留所は『James Hall Transport Museum』。
南アフリカ最大の交通博物館で、1世紀以上遡るヨハネスブルグの交通の歴史を見ることができます。自転車やバイク、バスや消防車、自動車や蒸気機関車、路面電車やトロリーバスなどを展示しているそうよ。
ここも下車せずに進みます。
こちらはインパクトがある原色使いなのに、どこか自信なさげな大人の世界(アダルトワールド)。もちろん、停留所ではありません。
これは競馬場。
馬はいませんでした。
みんな大好きマクドナルド。
あらま、メニューの看板が色褪せているじゃありませんか。さっきのアダルトワールドを見習ってほしいですね。
ソウェトツアーへの乗継地点
バスは『Gold Reef City』へ。ここは1880年代のゴールドラッシュをテーマにした複合施設で、カジノや遊園地、映画館、劇場などがあります。
ゴールドリーフシティにあるホテル『Gold Reef City Casino Hotel』が停留所、かつソウェトツアーに参加する人はここで写真の赤いバンに乗り継ぎます。
ソウェト(旧黒人居住区)も行ってみたかったけれど…ここも泣く泣くスルー!
というか、ソウェトツアー申し込んでないしね。先に進みましょう。
唯一下車した停留所「アパルトヘイトミュージアム」
あれ…?SAORIさん、このままバスから降りずにヨハネスブルグ観光を終えるつもりじゃないだろうな?
とお思いの皆さま。
お待たせしました。
ついにバスを降りて、地に足のついた生活をする時がきました!
(なんか違う)
今回のバスツアーで唯一下車したのはこちら。
『Apartheid Museum』です。
アパルトヘイトミュージアムは人気があるのか、乗降する人が一番多い停留所でした。
誰もが一度は聞いたことがあるであろう、アパルトヘイト。このミュージアムでは、アパルトヘイトの実態を中心に展示しています。
授業で習ってはいたけれど、教科書で読むのと実際に博物館で展示を見て疑似体験するのとでは、当たり前だけど重さが全然違う。
ここの訪問記事は次回書かせていただきます。
バスツアーは終盤へ
アパルトヘイトミュージアムの見学を終え、やってきたバスに乗車。
バスは高速道路に入ります。
これも金採掘の遺構のようです。
なんとなく雰囲気がアレな感じですが、この辺りはたしかNewtown。Newtownにもバス停留所があります。
昼間だけど、あまり人通りも車も多くありませんでした。
なんかカッコイイ建物だなーと思ったこちらは『Turbine Hall』。ヨハネスブルグにあった3つの蒸気発電所の中で最大のもので、Newtown地区の芸術と文化の中心の象徴的な建物となっています。
建物は産業遺産として保存され、中の空間はリノベーションされているみたい。
これはオールドパーク駅。
ヨハネスブルグ初の鉄道駅で、1800年代後半から、現在の新しいパーク駅が開業するまで稼働していました。1951年に閉鎖された後建物は解体され、1993年(1995年?)にNewtownのこの場所で再び組み立てられました。
バスからチラッと見ただけだけど、検索して写真見ると結構カッコイイ建物です。
▼検索ボタンを押すと検索結果出てくるよ(ワンクリック詐欺じゃないのでご安心ください)▼
バスはネルソン・マンデラ橋を渡ります。
2003年に完成したネルソン・マンデラ橋。全長284mの橋はNewtownとBraamfontein(橋を渡った先のエリア)を結んでいます。
橋の下には列車がいっぱい。
ネルソン・マンデラ橋の全景。
あまり覚えていないけど、多分これはBraamfontein地区だと思う。Braamfontein(ブラームフォンテン)の停留所がCity Tourの最後の停留所になります。
ブラームフォンテンは大学のキャンパスや美術館、ショップ、ギャラリーなどがあるオシャレエリアらしい。
これ、ブラームフォンテンにある市庁舎?か何か、それ系の建物なんだけど。
うっわー!でかっ!
と思っていたら。
薄っぺら!!!
横から見たら薄い建物でした。私の感想も薄っぺらい。相変わらずペラッペラの人生歩んでます。
こんな感じでヨハネスブルグ市内観光は終了。
最後にひとつ、豆知識として。
ヨハネスブルクは現地では「ジョバーグ」と呼ばれています。ヨハネスブルクは英語読みでジョハネスバーグ。それを略してジョバーグです。
私は行くまで「ヨハネス、ヨハネス」言ってたけど、それっぽく振る舞うならぜひ皆さんも「ジョバーグ」と言ってみてください。
Constitution Hillで再度Green Tourのバスに乗り換えて、Rosebankのバス停で下車してタクシーでホテルへ戻りました。
ホテルをチェックアウトした後、次の町へ向かったのですが、次回はとりあえずこのバスツアーで唯一下車した『アパルトヘイトミュージアム』の記事を書かせていただきます。よろ!
<つづく>
(この記事は2020年3月の南部アフリカ4ヶ国周遊旅ブログです)
コメント
バスで眺める実際の距離より遠くに見える気がしますね
南アフリカ続楽しみにしてます
たしかに。なんでだろ、不思議!
3年前の記憶がアレなんでアレだけど、頑張ってアレするわ。